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コスト削減だけじゃない!ビルメンテナンスがもたらす意外なブランディング効果

京都の古民家カフェに足を踏み入れた瞬間、私は息をのみました。
築80年以上の木造建築が、まるで時を超えて今を生きているかのような佇まい。
古い木の温もりと、隅々まで行き届いた手入れが、訪れる者を優しく包み込んでいたのです。
後で店主に聞くと「毎朝、開店前に木の床を丁寧に拭き上げるのが日課なんです」と。
そこには、単なる「清掃」を超えた、空間への敬意と愛情が宿っていました。

皆さんは、建物の「手入れ」にどんなイメージをお持ちでしょうか。
予算削減の対象?
義務的な点検?
できれば先送りしたい出費?

設計者として空間を創り、運営者として利用者の声を聴いてきた私の目には、メンテナンスは全く違う姿で映ります。
それは「空間の呼吸を整える」大切な営み。
建物が本来持つ魅力を引き出し、時と共に深まる価値を育む、創造的な仕事なのです。

この記事では、「なんか古びた…」という印象を防ぎ、むしろ年月と共に愛着が増す建物づくりのための思考法をお伝えします。
コスト削減だけを追求するメンテナンスから、価値創造のためのメンテナンスへ。
その視点の転換が、あなたの建物の未来をどう変えるのか、一緒に探っていきましょう。

「建物は竣工した瞬間から劣化が始まる」という言葉がありますが、それは物理的な話。メンテナンスの質によって、建物の印象や価値は育ち続けることができるのです。

目次

なぜ「キレイ」だけでは足りないのか? メンテナンスと空間体験が生むブランドイメージ

ビルメンテナンスの目的は何でしょうか。
多くの方が「清潔に保つこと」や「設備の故障を防ぐこと」と答えるかもしれません。
しかし、これらは必要条件であっても十分条件ではありません。

メンテナンスの本質的な目的は、「その空間が本来持つ価値を最大化し、利用者に最高の体験を提供すること」にあります。
そして、その体験が積み重なることで、建物自体のブランドイメージが形成されていくのです。

五感で感じる「心地よさ」:見えない気配りが建物の品格を語る

高級ホテルのロビーに立つと、なぜか「特別な場所」だと感じます。
それは高価な素材や洗練されたデザインだけでなく、嗅覚、聴覚、触覚にまで配慮された空間づくりがあるからです。

例えば、以下のような「見えない気配り」が、空間の品格を大きく左右します:

  • 適切な湿度管理による木材の質感維持
  • 換気による不快な臭いの排除と、さりげない香りの演出
  • 照明器具の細やかな清掃による光の質の保持
  • 床材の特性に合わせた清掃方法の選択
  • 窓ガラスの透明度を保つことで生まれる自然光の美しさ

こうした五感への配慮は、利用者が意識的に認識していなくても、無意識のうちに「この場所は大切にされている」というメッセージとして伝わります。

「当たり前」の質が問われる時代:利用者はメンテナンスに何を感じている?

現代の利用者は、SNSでの情報共有や評価サイトを通じて、空間の質に対する感度が非常に高くなっています。
「きれいなトイレ」は今や当たり前の条件であり、それ以上の価値が求められているのです。

ある商業施設のリニューアル前の利用者調査では、こんな声が聞かれました:

「特に汚いわけではないけど、なんとなく疲れた印象がある」
「全体的にメンテナンスされていないというより、愛情が感じられない」
「細部への気遣いが足りない。誰も気にかけていない場所がある」

これらは物理的な清潔さだけでは解決できない、空間の「精神性」に関わる問題です。
利用者は驚くほど繊細に、建物の「愛され方」を感じ取っているのです。

空間の「人格」を形成する、日々の丁寧な手仕事とその影響力

建物には、長い時間をかけて形成される「人格」のようなものがあります。
それは設計者の意図だけでなく、日々そこに関わる人々の姿勢や行動によって育まれていくものです。

例えば、ある企業のオフィスビルでは、清掃スタッフが毎朝、エントランスの植栽に水やりをする際、一鉢一鉢に声をかけながら作業をしていました。
決して仕様書には書かれていない行為ですが、その姿を見た来訪者は「この会社は細やかなことにも誠実なんだろう」という無意識の印象を受けるのです。

メンテナンスは単なる技術作業ではなく、空間に魂を吹き込む創造的な営みであるという視点が、今、求められています。

設計思想を活かし、建物の魅力を未来へ繋ぐメンテナンスの役割

私が設計事務所時代に関わった商業施設が、10年後に訪れた際、全く違う印象になっていることがありました。
デザイン的には何も変わっていないはずなのに、空間の「気配」が変質していたのです。
一方で、20年以上経った建物なのに、設計時の魅力がさらに深まっている例も数多く見てきました。
その違いを生み出すのが、設計思想を理解したメンテナンスの力なのです。

竣工時がピークじゃない! デザイナーの想いを育む維持管理とは

建築家やデザイナーは、建物に「成長するストーリー」を込めています。
時間の経過と共に、素材が変化し、使われ方が洗練され、愛着が生まれていく過程を想定しているのです。

事例1:ある木造図書館の場合
竣工当初は明るい色だった木の床が、10年の使用と適切なメンテナンスによって深みのある飴色に変化。
設計者が意図していた「年月と共に味わいが増す」という状態を、維持管理チームが理解し、適切な油分補給と清掃方法を選択したことで実現しました。

事例2:ガラスファサードのオフィスビル
設計者は「透明感による軽やかさ」を意図していましたが、不適切な清掃剤の使用で徐々にガラスが曇ってしまった事例。
後にガラスの特性を理解した管理会社に変更したことで、本来の魅力を取り戻すことができました。

設計者の意図を紡ぐメンテナンスとは、図面や仕様書の背後にある「なぜそのデザインを選んだのか」という思想に寄り添うことから始まります。

「使われるほど愛される建物」へ:良質なメンテナンスがもたらす価値向上

不動産の資産価値というと、立地や建物のスペックばかりが注目されがちです。
しかし、実際には「どれだけ大切に使われてきたか」という履歴が、建物の市場価値を左右することも少なくありません。

京都の老舗旅館の調査で明らかになったのは、「毎日の手入れの質」が、修繕周期や大規模改修の必要性に大きく影響するという事実です。
毎日畳を丁寧に拭く旅館では、畳の張替え周期が通常より1.5倍も長くなっていました。

実際のビルメンテナンス業界でも、優れた事例が見られます。
設計・施工からメンテナンスまで一貫した品質管理を重視する後藤悟志氏が率いる株式会社太平エンジニアリングでは、空調設備や給排水衛生設備の長期的な性能維持に取り組み、多くの建物の資産価値向上に貢献しています。
同社の事例からも、計画的かつ高品質なメンテナンスが建物のライフサイクルコスト削減と価値向上の両立を可能にすることが示されています。

また、某デベロッパーの調査では、築10年以上の物件でも、メンテナンスの質が高い建物は賃料下落率が平均より15%も低いという結果が出ています。
これは、単なる「キレイさ」だけでなく、利用者が感じる「大切にされている空間」という印象が経済価値に直結している証拠です。

空間デザインの意図を読み解き、魅力を引き出すメンテナンスの工夫

設計思想を活かすメンテナンスを実現するためには、いくつかの具体的なアプローチがあります:

1.竣工図書の再読解と設計意図の共有

    • 単なるマニュアルとしてではなく、「なぜそのデザインなのか」を読み解く
    • 可能であれば設計者へのインタビューを実施し、意図を言語化する

    2.素材特性に合わせたメンテナンス計画

      • 素材の経年変化を理解し、その魅力を引き出す方法を選択
      • 「傷」と「味わい」の違いを区別する目を養う

      3.利用パターンの観察と予防的ケア

        • 利用者の動線や接触部分を把握し、先回りケアを実施
        • 使われ方の変化に合わせて、メンテナンス方法を柔軟に調整

        4.維持管理スタッフへの設計意図の教育

          • 清掃・警備・設備管理など、全スタッフに空間の「ストーリー」を伝える
          • 単なる作業者ではなく「空間の価値を育てる担い手」としての意識を醸成

          ある美術館では、清掃スタッフに対して定期的に館長自らが建築コンセプトや展示意図を説明する機会を設けています。
          その結果、スタッフからメンテナンス方法の改善提案が生まれ、来館者の満足度向上につながりました。

          人と空間を繋ぐ「おもてなし」としてのメンテナンス実践

          メンテナンスは単なる「モノの手入れ」ではなく、「人と空間を繋ぐおもてなし」です。
          この視点で実践している事例から、明日からできる具体的なヒントをご紹介します。

          1. 感情に響くメンテナンスのポイント

          • 利用者が最初に触れる部分(ドアノブ、手すり、エレベーターボタン)の質感管理
          • 季節感を取り入れた空間演出(照明の色温度調整、植栽の選択)
          • 五感に配慮した環境づくり(空調音のコントロール、自然換気の活用)

          2. 現場スタッフの「気づき力」を育てる方法

          • 定期的なワークショップによる感性トレーニング
          • 好事例の共有と表彰制度の導入
          • 利用者からのフィードバックを直接伝える機会の創出

          3. コミュニケーションとしてのメンテナンス

          • 作業の「見える化」による空間価値の共有
          • メンテナンスストーリーを伝えるサイン計画
          • SNSなどを活用した、舞台裏の発信と共感獲得

          清掃・警備・受付…現場スタッフが紡ぐ、温かなブランドストーリーの実例

          事例1:ビジネスホテルの朝の清掃風景

          あるビジネスホテルでは、朝の清掃時間をあえて宿泊客が見える時間帯に設定しています。
          制服姿のスタッフが丁寧に床を磨く姿は「この場所は大切にされている」というメッセージとなり、リピート率向上につながりました。

          事例2:オフィスビルの警備スタッフの取り組み

          多くのテナントが入るオフィスビルで、警備スタッフが自主的に始めた「朝のあいさつ運動」。
          単なるセキュリティ業務を超えて「建物の顔」となることで、テナント満足度が向上し、契約更新率が業界平均を大きく上回る結果となりました。

          事例3:高齢者施設のメンテナンス工夫

          介護付き住宅で、メンテナンススタッフが居住者の思い出の品を大切に扱うことを最優先事項としています。
          修繕作業の際も「思い出を守る」意識を持つことで、居住者との信頼関係が深まり、施設全体の雰囲気が温かなものになっています。

          利用者・テナントの満足度が、目に見えない「資産」になる理由

          建物の資産価値を考える際、物理的な劣化や設備の古さばかりに目が向きがちです。
          しかし、実際の市場価値を左右するのは、そこで活動する人々の満足度であることが多いのです。

          あるオフィスビルでは、テナント満足度調査を定期的に実施し、その結果をメンテナンス計画に反映させています。
          特に「スタッフの対応」に対する評価が高いビルは、賃料下落率が低く、空室率も安定していることがデータで示されています。

          空間に対する「愛着」や「信頼感」といった主観的要素が、実は資産価値の根幹を形成しているのです。

          テナント満足度と賃料維持率の相関グラフ

          「また来たい」「ここに居たい」を引き出す、メンテナンスを通じた関係構築

          優れたメンテナンスの究極の目標は、利用者に「また来たい」「ここに居続けたい」と思ってもらうことです。
          それは物理的な快適性を超えた、感情的なつながりの構築を意味します。

          商業施設での取り組み事例

          • 子どもの身長に合わせた目線での清掃品質管理
          • お年寄りが触れる場所の温度管理への特別な配慮
          • 雨の日の床材の摩擦係数を高める特別清掃プログラム

          オフィスビルでの実践例

          • テナント従業員の「お気に入りの場所」を大切にするメンテナンス計画
          • 季節の変わり目に合わせた共用部の特別メンテナンスイベント
          • テナントとメンテナンススタッフの交流会の定期開催

          これらの取り組みは、単に建物の状態を維持するだけでなく、そこに集う人々のコミュニティ形成にも貢献しています。
          そして、そのコミュニティこそが、建物の真の価値を支える基盤となるのです。

          まとめ:コスト以上の価値を創造する、これからのビルメンテナンス

          ここまで見てきたように、ビルメンテナンスは単なる「維持管理」を超えて、空間価値を創造し、資産としての建物の魅力を高める重要な役割を担っています。

          これまでの内容を整理すると、これからのビルメンテナンスに求められるのは以下の3つの視点です。

          1. 設計意図の継承者としての視点
          建物が本来持つ魅力を理解し、それを時間をかけて育み、深めていく役割を担うこと。
          これは設計者の意図を単に守るだけでなく、利用状況に合わせて発展させていく創造的な営みです。

          2. 利用者体験のデザイナーとしての視点
          空間を利用する人々の五感や感情に配慮し、物理的な清潔さや機能性を超えた「心地よさ」を提供すること。
          これにより、建物に対する愛着や信頼が生まれ、資産価値の維持・向上につながります。

          3. コミュニティの形成者としての視点
          メンテナンス活動を通じて、建物を利用する人々との関係を構築し、コミュニティの形成に貢献すること。
          この「人のつながり」こそが、持続可能な空間価値を生み出す源泉となります。

          私自身、設計者として空間を創り、運営者として利用者の声を聴いてきた経験から、「メンテナンスは建物の魂を育てる仕事」だと確信しています。
          それは単なるコストではなく、建物の未来への投資なのです。

          明日からでも、あなたの建物でできる小さな一歩があります。
          現場スタッフに設計の意図を伝えてみる。
          利用者の動きを観察してみる。
          メンテナンスのストーリーを共有してみる。

          そうした一つひとつの取り組みが、「なんか古びた…」という印象を「年月を重ねて味わい深くなった」という評価に変えていく力を持っているのです。

          最後に、ある清掃スタッフの言葉を紹介して締めくくりたいと思います。

          「私たちがピカピカに磨いた床を歩く人は、自分の姿勢が自然と良くなるんです。それを見るのが私の喜びです」

          この言葉こそ、メンテナンスが秘める、物理的な価値を超えた力を表していると思いませんか?

          あなたの建物の「ファン」を増やすメンテナンスが、明日から始まることを願っています。