院長先生、日々の診療、お疲れ様でございます。
「なぜ、これほど忙しく働いているのに、利益が思うように残らないのか」。
多くの院長が抱えるこの根源的な問いの答えは、実は診療室の“外”に隠されています。
それは、日々の業務に潜む「ムダな時間」という名の見えないコストです。
生産性の向上は、決してスタッフを追い詰めることではありません。
むしろ、医院経営における「チェアタイムの再設計」から始めるべき、戦略的な投資です。
はじめまして。
ヘルスケア経営コンサルタントの藤堂雅也と申します。
これまで15年以上にわたり、40を超える歯科医院の経営再建に携わってまいりました。
この記事では、私が現場で実践し、数々の医院をV字回復させてきた「1日30分のムダ時間を利益に変える」ための具体的な手法を、余すところなくお伝えします。
目次
ムダ時間の可視化:経営に潜む“隠れコスト”
時間資産の浪費が利益を圧迫する構造
まず認識すべきは、「時間は有限であり、経営における最も貴重な資産である」という事実です。
私は、この時間を「時間資産」と呼んでいます。
チェアタイムが直接的な収益を生む時間である一方、準備、片付け、予約管理、スタッフ間の情報伝達といった非診療業務に費やされる時間は、間接的なコストとなります。
この間接時間が無計画に膨張することこそ、利益を圧迫する最大の要因なのです。
全国40医院の統計から見える共通課題
私がこれまで分析してきた全国40以上の医院データから、驚くほど共通した課題が見えてきました。
それは、多くの医院で1日の業務時間のうち、実に15〜25%が本来不要な“ムダ時間”に費やされているという実態です。
「うちの医院に限って、そんなことはない」
そう思われるかもしれません。
しかし、このムダ時間はスタッフの怠慢ではなく、業務フローの構造的な欠陥から生まれています。
例えば、以下のような状況に心当たりはないでしょうか。
- 特定の器具が見つからず、診療が数分間中断する
- 患者情報の伝達ミスで、受付と診療室で混乱が生じる
- 在庫管理が曖昧で、急な発注や材料不足が発生する
これらの小さな時間のロスが、年間で数百万円単位の“隠れコスト”として、貴院の経営に重くのしかかっているのです。
海外先進事例:ドイツ式「タイムブロッキング運用」
生産性向上の先進国であるドイツの歯科医院では、「タイムブロッキング」という時間管理手法が広く導入されています。
これは、単なる予約管理ではありません。
特定の時間帯を、インプラントや補綴といった高付加価値治療のために戦略的に確保する経営手法です。
時間帯 | 治療ブロック | 目的・効果 |
---|---|---|
午前 | 高付加価値治療(インプラント等) | 術者・スタッフが最も集中できる時間に、収益性の高い治療を固める |
午後前半 | 一般治療(CR充填、根管治療等) | 定型的な治療を効率的に回す |
午後後半 | メンテナンス・新患コンサル | 患者とのコミュニケーションに時間を使い、リピート・自費に繋げる |
この手法の要諦は、治療の種類ごとに業務の流れをパターン化し、準備や思考の切り替えにかかる時間を徹底的に排除することにあります。
これにより、チェアタイムあたりの生産性を劇的に向上させることが可能なのです。
成功クリニックに学ぶ:1日30分の生産性アップ事例
理論だけでは意味がありません。
ここでは、実際にムダ時間の削減に成功し、収益を向上させたクリニックの具体的な事例を3つご紹介します。
年商2億円医院が実践した“診療前15分ミーティング”
東京都内で年商2億円規模のAクリニック。
かつてはスタッフ間の連携不足によるトラブルが頻発していました。
そこで導入したのが、毎朝の診療開始前に行う「15分間の朝礼」です。
しかし、これは単なる情報共有の場ではありません。
- 本日の予約患者の特記事項共有(10分)
- アポイントシステム画面を大型モニターに映し、全員で確認。
- 注意すべき患者情報、キャンセルリスク、自費コンサルのターゲットなどを明確化。
- 前日のヒヤリハット共有と対策(5分)
- 小さなミスや課題をその日のうちに共有し、再発防止策を全員で確認。
このわずか15分の投資が、診療中の無駄な確認作業や伝達ミスを撲滅。
結果として、1日あたり30分以上の時間創出と、クレームの激減に繋がりました。
受付〜チェア間の“導線ロス”を削減した設計改善
地方都市で開業するB歯科医院は、受付と診療室の物理的な距離が遠く、スタッフの移動という「導線ロス」が課題でした。
そこで、大規模な改装ではなく、以下の2点に絞った改善を実施しました。
- インカムの導入:受付と診療サイドがリアルタイムで情報連携できるように。これにより、患者の来院状況や急な変更を、スタッフが無駄に歩き回ることなく共有可能になりました。
- カルテ準備のルール化:翌日の患者のカルテとレントゲンは、必ず前日の終業時にセットで準備しておくルールを徹底。これにより、朝の準備時間が大幅に短縮されました。
物理的な制約を、ツールとルールの力で克服した好例と言えるでしょう。
非常勤DHの稼働率を高めたクラウドシフト戦略
複数の非常勤歯科衛生士(DH)に支えられていたCクリニック。
課題は、DHごとに行う情報共有の煩雑さと、それに伴う院長の管理コストでした。
解決策は、業務マニュアルや患者情報の共有を、クラウドサービス(Google DriveやSlackなど)に移行することでした。
- 効果①:情報格差の解消
- いつでもどこでも最新のマニュアルや連絡事項を確認できるため、非常勤DHも常勤スタッフと同じレベルで業務を遂行できます。
- 効果②:院長の負担軽減
- 院長が一人ひとりに同じ説明をする必要がなくなり、その時間を経営戦略の策定や自費診療に充てられるようになりました。
これにより、非常勤DHの稼働率が向上し、メンテナンス患者の予約枠を30%拡大することに成功したのです。
地域密着の信頼構築が、最大の生産性向上に繋がる事例
これらのような業務効率化は、もちろん重要です。
しかし、そもそも論として、地域社会からの深い信頼を得て、安定した経営基盤を築くこと自体が、最大の生産性向上策とも言えます。
例えば、大阪市鶴見区の歯医者である横堤歯科クリニックのように、地域に根ざした丁寧な診療と分かりやすい情報発信を続けることで、患者からの絶対的な信頼を勝ち取っている医院も少なくありません。
こうした医院では、過度な広告宣伝といった「集患のためのムダな時間とコスト」をかける必要がなく、経営資源を本質的な価値である「診療の質向上」に集中できる好循環が生まれています。
これもまた、目指すべき生産性向上の、一つの理想形と言えるでしょう。
ムダ時間削減のための実装ステップ
では、具体的に貴院でムダ時間削減を始めるには、どうすればよいか。
以下の3ステップで進めることを推奨します。
Step1:時間別業務棚卸しシートの作成
まず、現状を客観的に把握することから始めます。
1週間、スタッフ全員で「いつ、誰が、どんな業務に、何分使ったか」を記録します。
特に、「診療以外の業務」に焦点を当てることが重要です。
この棚卸しにより、「準備に想定以上の時間がかかっている」「特定のスタッフに業務が偏っている」といった、感覚では見えなかった問題点が浮かび上がってきます。
Step2:非診療業務の「再配置」と「代替」
次に、棚卸しで見つかったムダな時間に対して、メスを入れます。
ポイントは「やめる」のではなく、「再配置」と「代替」で考えることです。
- 再配置:歯科医師でなくてもできる業務(例:簡単な事務作業、SNS更新)を、歯科助手や受付スタッフに権限移譲する。
- 代替:手作業で行っている業務(例:予約リマインド、在庫確認)を、ITツールやシステムで自動化する。
これにより、専門職である歯科医師や歯科衛生士が、本来の専門業務に集中できる環境を創り出すのです。
Step3:週次レビューによる“時間資産”の見直し文化
この取り組みは、一度やったら終わりではありません。
毎週決まった時間に15〜30分程度のミーティングを設け、改善活動の進捗を確認します。
- 今週の成果の確認
- 新たに見つかった課題の共有
- 次週の改善アクションの決定
このサイクルを回し続けることで、単なる時間削減が「時間資産を増やす」という医院全体の文化として根付いていきます。
KPIと数値目標:効果測定のための設計法
改善活動の成否を判断するためには、客観的な指標(KPI)が不可欠です。
感覚的な「忙しくなった」「楽になった」ではなく、数値で効果を測定しましょう。
代表KPI①:1チェアあたりの平均稼働時間
医院全体の生産性を測る最もシンプルな指標です。
「1日の総診療時間 ÷ 総チェア数」で算出します。
この数値が改善すれば、医院全体の時間資産が増えている証拠です。
代表KPI②:スタッフ別“間接時間率”の把握
これは、スタッフが診療以外の業務に費やしている時間の割合です。
「(準備・片付け・事務作業などの合計時間) ÷ 総労働時間」で算出します。
職種ごとにこのKPIを追うことで、誰のどんな業務を効率化すべきかが見えてきます。
ダッシュボードで進捗を見える化するツール紹介
これらのKPIは、手計算では長続きしません。
まずはGoogleスプレッドシートやExcelで構いませんので、簡単なグラフを作成し、院内の誰もが見える場所に掲示することをお勧めします。
- 目的:全員で同じ目標を共有し、改善への意識を高める
- ポイント:数値を並べるだけでなく、グラフで視覚的に示すことが重要
最近では、多くのレセコンに経営分析機能が搭載されています。
まずは今お使いのシステムの機能を再確認することから始めてみてください。
陥りがちなリスクとその乗り越え方
新しい取り組みには、必ず抵抗や障壁が伴います。
事前にリスクを想定し、対策を準備しておくことが、改革を成功させる鍵です。
院内反発への対処:リーダーの巻き込み方
最も大きなリスクは、「また院長が何か始めた」「仕事が増えるだけだ」というスタッフの反発です。
これを防ぐには、院長一人が突っ走るのではなく、必ず各部門のリーダー格のスタッフを巻き込むことが重要です。
「この改革は、皆さんを楽にするために行うものだ」
このメッセージを、院長自身の言葉で、そしてリーダーたちの言葉で、繰り返し伝える必要があります。
時間削減=業務圧迫という誤解の払拭
「時間を削減する」と聞くと、多くのスタッフは「今より忙しくなる」と誤解します。
そうではなく、「ムダな業務をなくし、生まれた時間で本来やるべき業務の質を高める」あるいは「早く帰れるようにする」という、ポジティブなゴールを明確に示してください。
小さく始めて大きく育てる「段階的改善」
最初から医院全体の完璧な改革を目指す必要はありません。
まずは、最も課題の大きい一部門や、賛同してくれた一人のスタッフから「小さく始めて成功事例を作る」ことが肝要です。
小さな成功体験が、他のスタッフの「自分たちもやってみよう」という意欲を引き出す、何よりの特効薬となります。
まとめ
本記事でお伝えしてきた要点を、改めて整理します。
- ムダ時間の削減は「未来の利益創造」に直結する
- 日々の業務に潜む「見えないコスト」を可視化することが、経営改善の第一歩です。
- 生産性向上の鍵は“現場再現性”と“数値管理”
- 海外事例や成功事例を参考にしつつ、自院で実践可能なステップに落とし込み、KPIで効果を測定することが不可欠です。
- 改革の成功は、スタッフの巻き込み方で決まる
- 時間削減の目的が「スタッフの負担軽減と価値向上」であることを伝え、小さな成功を積み重ねていくことが重要です。
院長先生、貴院にはまだ、掘り起こされていない莫大な「時間資産」が眠っています。
その資産を利益に変え、スタッフの幸福度を高め、ひいては患者様へより質の高い医療を還元する。
その好循環を創り出すための冒険が、今、始まります。
この記事が、その第一歩を踏み出すための羅針盤となることを、心から願っております。
さあ、まずは巻末のチェックリストを手に取り、貴院の“ムダ時間”診断から始めてみましょう。